農業に役立つ土壌学5 土壌燻蒸剤
目次
- 土壌燻蒸剤とは
- その他の土壌消毒
- 2-1.太陽熱消毒
- 2-2.熱水消毒
- 2-3.土壌還元消毒
- 2-4.生物燻蒸(Biofumigation)
- 燻蒸剤の生物への影響
1. 土壌燻蒸剤とは
1-1. はじまり
1869年、フランスで二硫化炭素がブドウネアブラムシに効果的だと発見されたのが土壌燻蒸の始まりだそうです。二硫化炭素は施用量が多く可燃性であるといった理由から使用されなくなりましたが、その後、臭化メチルや1,3-ジクロロプロペン(D-D)、メチルイソチオシアネートなどのより効果的でコストパフォーマンスの良い燻蒸剤が開発されました (Lembright, 1990)。なかでも、臭化メチルは連作障害制御技術の切り札として中心的役割を担ってきましたが、国連環境計画のもとで締約された「モントリオール議定書」においてオゾン層破壊関連物質に指定されたことで、日本では2012年12月31日をもって生産・販売・使用のすべてを終了しました (津田, 2008.)。臭化メチルはガス拡散性が極めて良いことが特徴で、土壌の下層や横への広がりが大きく、施設内で土壌被覆を行っても周縁部も含めて施設全体で消毒効果があり(田代 2006)、加えて線虫、病原菌、雑草など幅広く高い効果を有していることから、臭化メチルに代わる新規薬剤はいまだに登録されていないと言われています (小原, 2016)。
1-2. 主な燻蒸剤

燻蒸剤の有効成分の特徴は、①蒸気圧が高い、そして②空気に対して比重が大きいことです。これらによって土壌中に均一に分散して、消毒効果を得ることができます。また、そのままでは大気への散逸が大きいため、土壌中への灌注処理とフィルムでの被覆が行われます。主な燻蒸剤は、クロルピクリン、D-D、土壌中で分解されメチルイソチオシアネートを放出するカーバム系剤・ダゾメット粉粒剤などです。
クロルピクリン
土壌燻蒸剤の中でもクロルピクリンの歴史は古く、1848年にイ ギリスのStenhausがピクリン酸を塩素化することによって初めて合成されました。揮発性が高く催涙性が強いことから、第一次世界大戦では毒ガスとして使用された経緯があります。1917年に貯穀害虫(コクゾウムシ)への効果が報告され、日本では1918年に国内で初めて合成されました。クロルピクリンは日本初の有機合成農薬であり、1921年に三共が製造を開始したのを皮切りに多くの会社が製造するようになりました(大田, 2014)。はじめは貯蔵穀物の燻蒸に活用され、1947年以降、土壌燻蒸剤として普及しました(森田, 2022)。
製剤の中には、クロルピクリンの含有率が99.5%と80%のものがあり、土壌消毒剤の中でもっとも効果の安定性が高く、幅広い作物の病害虫に用いられています。一方で、地温の低い場合には処理期間が長くなり、冬季には燻蒸期間が1か月以上かかることもあります。臭化メチルは冬季でも短期間処理で有効だったため、臭化メチルによって成り立っていた作付け体系はその維持が難しくなりました(田代, 2006)。このことからも、臭化メチルに代わる薬剤が登録されていないと言われる理由が伺えます。
ジクロロプロペン(D-D)
1943年にハワイのパイナップル畑で高い殺線虫効果が見られて以来、世界で広く使用されるようになった燻蒸剤です。日本では1948年に導入されました。土壌中でガス化して直径30cm程度に拡散し、線虫体内に浸透して酵素阻害を起こすことで殺線虫効果を示すと考えられています(鍬塚 1998)。
カーバム系剤・ダゾメット粉粒剤
カーバムナトリウム塩(キルパーの有効成分)やダゾメット(バスアミドの有効成分)は、土壌中で殺虫・殺菌効果のあるメチルイソチオシアネートに分解します。メチルイソチオシアネートはクロルピクリンに比べて刺激臭が比較的少ないことが知られています(田代, 2006)。
1-3. 日本での燻蒸剤使用
1980年代から2000年代にかけてD-Dの出荷量が大きく減少しましたが、2000年代以降はいずれの燻蒸剤も出荷量は大きく変化しておらず、依然として燻蒸剤が重要な位置を占めていることがわかります(図1)。臭化メチルが禁止されて以降、その穴を埋めるように粒剤タイプの殺線虫剤の出荷量が急増しました。これらの薬剤がどういった地域で主に使用されているのかを見ると、全国の農地面積の約半分を占める北海道での燻蒸剤利用が少ないこと、農地面積が最小の東京都でクロルピクリンの使用量が4位になっているなど、地域によって燻蒸剤の使用状況が異なることが読み取れます(表2)。また、ホルムズ海峡封鎖で世間の関心が高まっている輸入に関しては、燻蒸剤は国内生産量が多いのに対して、粒剤では輸入量が多いという特徴が見られます(表3)。

表2. 2024年の各種薬剤の都道府県別出荷量(t, kL)(農薬要覧2025より)

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表3 2024年の主要な殺線虫剤の国内生産量および輸入量(t、kL) |
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|
タイプ |
化合物名 |
国内生産 |
輸入 |
|
燻蒸剤 |
クロルピクリン |
3534 |
693 |
|
1,3-ジクロロプロペン |
4502 |
0 |
|
|
ダゾメット |
2928 |
0 |
|
|
カーバム |
0 |
314 |
|
|
粒剤 |
ホスチアゼート |
0 |
96 |
|
イミシアホス |
32.9 |
0 |
|
|
オキサミル |
0 |
14 |
|
|
フルオピラム |
0 |
17 |
|
1-4. 世界での燻蒸剤使用
日本と違いアメリカでは、クロルピクリンやD-Dの使用は一般の生産者には許可されず、特別な免許を有する専門業者に限定されています。さらに、土壌燻蒸消毒を実施する圃場と人が活動する場所との間にバッファーゾーン(緩衝帯)と呼ばれるエリアを設置しなければならず、ダゾメットの使用におけるもっとも厳しい条件では、約260mの緩衝帯を設置する必要があります(門馬, 2017)。一方欧州では、作業者、水生生物、鳥類、保有動物に対するリスク、そして分解産物でありジクロロニトロメタンの地下水汚染リスクなどの理由から、クロルピクリンは使用できません。また、製造時に発生するポリ塩素化不純物の大規模放出に関する知識不足のため、D-Dも緊急利用のみに制限されています(豊田, 2013)。
2. その他の土壌消毒
近年では、臭化メチルの全廃や環境保全、土壌の健全性への意識の高まりに伴い、日本だけでなく、アメリカや中国でも土壌還元消毒などの代替技術が注目を集めるようになりました(門馬, 2017)。以下では、燻蒸剤を用いない土壌消毒を紹介します。

2-1. 太陽熱消毒
夏の暑さを逆手に取り、太陽熱によって土壌の温度を上げ、土壌中の病害虫の駆除や雑草の発芽を抑える管理です。圃場表面をフィルムで被覆し、十分な水を与えるというシンプルな手順であり、最も低コストで土壌消毒が可能です。処理前におがくず、稲わら、牛糞などの有機物や石灰窒素を添加すると効果が安定します(農業技術辞典)。
太陽熱消毒をさらに発展させたものが陽熱プラスです(農研機構 2015)。地温の測定と資材の先入れが特徴で、地温データから消毒の効果を判断することができ、また太陽熱消毒中の高い地温の影響で、資材からの肥料成分の供給が増加し、基肥量を2割ほど減らすことができます。
2-2. 熱水消毒
熱水土壌消毒法は旧農業研究センターと旧神奈川県園芸試験場で1980年代初めにそれぞれ独自に開発された、日本オリジナルの技術です。熱水がもつ湿熱によって土壌病害虫を死滅させるという単純な原理のため、処理時期を選ばず、外的環境条件にもほとんど影響されないことから、安定した防除効果を得ることができるとされています。
2-3. 土壌還元消毒
土壌を酸素が欠乏した還元状態にすることで、土壌を消毒する方法です。土壌に易分解性の有機物(米ぬか、ふすま、糖蜜、エタノールなど)を投入して湛水し、プラスチックフィルムで覆うことで大気と遮断します。これによって土壌が温められて土壌中の微生物が活性化して土壌中の酸素が消費され、土壌に還元状態がもたらされます。この還元状態に加えて、太陽熱による高温、還元状態で生成する酢酸や酪酸などの有機酸、2価鉄イオンや2価マンガンイオンなどの金属イオンによる抗菌活性や土壌微生物同士の競合などが作用し、土壌が消毒されます。消毒終了後はフィルムを除去するか植穴を開けるなどして、土壌に酸素を供給して土壌を酸化状態に回復し、還元消毒過程での嫌気発酵にともない蓄積した物質の分解を促進します(南澤 2021)。土壌を還元状態にして消毒するため、30〜40℃といった地温でも殺菌作用が示されるようになります(農業技術辞典)。
2-4. 生物燻蒸(Biofumigation)
グルコシノレートを多く含む特定のアブラナ科植物を土壌中にすき込むことで、土壌を消毒する方法です。土壌にすき込まれた植物残渣中のグルコシノレートは土壌中で加水分解され、それによって生じるイソチオシアネート類とその他の硫黄関連化合物が、病原生物の密度や活性を低下させます。このイソチオシアネート類が、土壌燻蒸剤として用いられるメチルイソチオシアネートと似ていることから、生物燻蒸と呼ばれるようになりました。ただ、圃場で面積当たりに栽培できる植物体の絶対量の不足、グルコシノレートからイソチオシアネートへの変換効率の低さ、イソチオシアネートの土壌有機物への吸着や消失の問題等によって、土壌中のイソチオシアネート類の濃度は必ずしも十分ではないとされています。そのため、生物燻蒸として考えられている効果は、グルコシノレートから生じるイソチオシアネート類だけでは説明することができず、さらなる研究が期待されます。効果的な生物燻蒸には、そのすき込み時期とすき込み方法も重要です。例えばカラシナは開花期に最もグルコシノレート濃度が高くなるため、この時期にすき込むことで最も高い燻蒸効果を得ることができるとされています。また、グルコシノレートは植物の液胞に貯蔵されているため、生物燻蒸用の植物は、細かく砕いて、グルコシノレートの分解を促すことで、より高い効果を得ることができます(Takehara, 2016)。
3. 燻蒸剤の生物への影響
3-1. 微生物への影響
土壌燻蒸剤はその効果に選択性がないため、一度に病害虫や雑草を抑えることができます。その一方で、土壌中の病原性ではない生物にも影響を与えてしまいます。
燻蒸剤の代わりにクロロホルムを用いて土壌の生物を皆殺しにしてしまうか調べた室内実験では、どれだけ消毒時間を長くしても、糸状菌は1%弱、細菌は約5-10%が生き残り、さらにこの生き残った細菌は2-3週間でもとの数まで戻ることがわかりました。しかし、その群集構造が大きく異なり、環境ストレスに弱いとされるアンモニア酸化菌は、消毒によって全滅し、消毒から105日たっても全く回復しないことがわかりました。また、土壌微生物による分解能への影響を見ると、消毒していない土壌では61-88個の基質を資化できたのに対し、消毒した土壌では微生物の数が回復した後でも18-50個の基質しか資化できませんでした。これらのことから、燻蒸剤は一部の微生物には壊滅的な影響をもたらし、土壌機能が低下してしまうことがわかります。燻蒸剤の影響は、各生物の棲み処によっても異なります。燻蒸剤はガス状となって土壌孔隙を拡散していくので、粗孔隙に棲息する生物には効きやすく、細孔隙を棲み処とする生物には効きにくいと考えられます。トマト青枯病菌は消毒で死滅しやすく、粗孔隙に棲息するタイプだったのに対し、Pseudomonas fluorescensなどは燻蒸で死滅しにくく、細孔隙に棲息していると考えられました。カビや線虫は細菌よりも体が大きく、粗孔隙を棲息場所としていると考えられることから、燻蒸により影響を受けやすいと考えられます。また燻蒸剤の効果は燻蒸剤の種類によっても異なります。クロルピクリンとキルパーの比較では、どちらも有機物分解能は消毒直後に低下しましたが、その回復に、キルパーでは4週間、クロルピクリンでは10~12週間を要しました。これらの結果は土壌微生物群集に及ぼす影響は薬剤により異なり、キルパーでは土壌微生物が回復しやすいことを示しています(豊田, 2013)。
3-2. リサージェンス
土壌燻蒸は土壌の病害虫を駆除するために行われますが、前述のようにその他の生物にも影響を及ぼします。土壌消毒により生物が激減した土壌に、病原菌が少しでも生き残っていたり、他の場所から持ち込まれたりした場合、かえって病原菌が増えやすくなってしまうことを、リサージェンスと呼びます。実際に、燻蒸の代わりにオートクレーブやクロロホルムで微生物数を減らした土壌にダイコン萎黄病菌やトマト青枯病菌を接種した実験では、これらの病原菌は無処理の土壌と比べて爆発的に密度が増加したことが報告されました(豊田, 2005)。
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連載第1回 農業に役立つ土壌学1 土壌学とは
連載第2回 農業に役立つ土壌学2 土壌生物
連載第3回 農業に役立つ土壌学3 土壌微生物
連載第4回 農業に役立つ土壌学4 線虫
引用および参考文献
Lembright, H.W., 1990. Soil fumigation: principles and application technology. Journal of Nematology 22, 632–644.
森田恒之, 2022. わが国の文化財虫害対策と臭化メチル燻蒸 : 導入から定着まで. 国立民族学博物館調査報告. doi:10.15021/00009981
門馬法明, 2017. 土壌還元消毒の普及の現状と今後の展望. 土と微生物 71, 24–28.
農研機構, 2015. 陽熱プラス 実践マニュアル. https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/
大田博樹, 2014. 農薬のルーツと歴史,過去・現在・未来. 植物防疫 68.
小原裕三, 2016. 農薬製剤・施用技術の最新動向⑤ 土壌くん蒸剤~利用の現状と課題~. 植 物 防 疫 70, 643.
Takehara T., 2016. Recent advances in research and technological development on biofumigation. 植物防疫 70. 32-36
津田新哉, 2008. 我が国の土壌くん蒸用臭化メチル剤の最期と今後の歩むべき道. 植物防疫 62. 1-5
田代定良, 2006. 臭化メチル代替農薬の効果と普及. 野菜茶業研究情報 3. 21-28
豊田剛己, 2013. 土壌消毒剤の世界動向について. 農薬時代 197. 10-15
豊田剛己, 2013. 土壌燻蒸剤は本当に皆殺し剤なのか. 農薬時代 194. 22-27
豊田剛己, 2005. モデル土壌中における土壌伝染病原菌生態研究―大根萎黄病菌とトマト青枯病菌を例に―. 土と微生物 59, 45–52.
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